ISPOR日本部会 最新論文の解説 Vol.7

ISPOR日本部会 最新論文の解説 Vol.7

Avşar TS, Yang X, Lorgelly P. How is the Societal Perspective Defined in Health Technology Assessment? Guidelines from Around the Globe. Pharmacoeconomics. 2023 Feb 41(2):123-138. doi: 10.1007/s40273-022-01221-y. Epub 2022 Dec 6. PMID: 36471131.

概要

費用効果分析では分析に先立ち、分析の立場(perspectiveは「分析の視点」とも訳されるが、日本の費用対効果評価制度の分析ガイドラインに従い「分析の立場」とする)を明確に定義する必要がある。選択する分析の立場によって考慮すべき費用やアウトカムの範囲が変化し、最終的な費用対効果の判断方法も変化するからである。分析の立場は、患者、医療提供者、医療資金提供者、医療システム、社会全体など、様々種類が考えられるが、Torrance [1]は、「適切な視点は、答えるべき問題に依存し、一般に、社会の立場が公共政策の意思決定に適切である」と述べている。しかし実際には社会の立場は曖昧さが含まれており、収集される情報や利用可能な情報に応じて、場当たり的に適用されることもある。医療技術評価(HTA)における社会の立場の適用はほとんどの国では義務付けられておらず、社会の立場が何を包含するべきかについての議論は限られている。本論文では各国の分析ガイドラインを収集し、各ガイドラインが分析の立場において社会の立場をどのように考慮しているかを体系的に整理し考察している。
本論文では51か国から46個の分析ガイドラインが収集された。HTA機関設立時期が2009年より前の国をHTA先進国(well-established)、2009年以降の国をHTA新興国(newly developed)と分類して情報を整理した。HTA先進国・HTA新興国の内訳はそれぞれ30か国、16か国であった。
46個のガイドライン中、社会の立場が考慮されていたものは30個(30か国)(65%)であった。HTA先進国、新興国における内訳はそれぞれ70%(21/30)、56%(9/16)であり、HTA導入後の年数が、社会の立場に対する姿勢に影響していると著者らは論じている。また、医療制度に含まれるステークホルダーの数が多い国のガイドラインでは、より社会的な視点が考慮される傾向が見られた。
社会の立場を含めることを推奨しているHTA機関は多いが、含めるべき費用と健康アウトカムの種類、およびそれらを評価するための推奨アプローチは様々である。表1は、社会の立場が考慮されている30か国のガイドラインで社会の立場を採用するときに含める費用とアウトカムの種類を示している。家族や介護者への直接費用は、73%に含まれているが、非健康アウトカムは40%にしか考慮されていなかった。著者らは、ほとんどの分析ガイドラインは、特定の立場の下で何を含めるべきかについての明確なガイダンスを欠いていると述べている。

■ 表1. 社会の立場が含まれるガイドラインの一覧表(原著の表4。視認性を高めるために紹介者が「Y」は青、「N」は赤、「U」は黄で色分けした)

GLにおける社会の視点の扱い直接医療費(患者)直接非医療費(患者)間接費用(患者)直接医療費(家族や介護者)直接非医療費(家族や介護者)間接費用(家族や介護者)他のセクターの費用健康アウトカム(患者)非健康アウトカム(患者)健康アウトカム(家族や介護者)非健康アウトカム(家族や介護者)環境への影響Yの割合(国毎)
HTA先進国(長くHTAを実施している国)
AustriaUYYYNNNNYNNNN31
AustraliaAYYYYYYYYYYYN85
BalticAYYYYYYYYNNNN62
CanadaAYYYYYYYYYYYN85
CroatiaAYYYYYYYYNNNN62
CubaRYYYYYYYYNNNN69
EnglandAYNYYNYNYNYNN46
GermanyAYYYNNYNYYYNN54
HungaryAYYYYYYYYNNNN62
IrelandAYYYYYYYYYYYN85
NetherlandsRYYYYYYYYYYYN92
NorwayRYNYYNYNYYYNN62
PortugalRYYYYYNYYYNNN69
PhilippinesAYYNNNNNYNNNN23
ScotlandAYNNYNNYYYYYN54
South KoreaRYYYYYYYYNNNN69
SpainRYYYYYYYYNNNN69
SwedenRYYYYYYYYNNNN69
TaiwanRYYYYNYYYYYYN85
ThailandRYYNNNNNYNNNN31
USAAYYYYYYNYNYNN62
HTA新興国(HTA機関が新設された国)
BrazilAYYYYYYYYNNNN62
ChinaRYYYYYYYYYNNN77
ColombiaAYUUUUUUYUUUN15
DenmarkRYYYNYYYYYNNN69
IndiaRYYNNNNNYNYNN38
IndonesiaRYYYNYNNYYNNN54
MalaysiaAYYYYYYYYNNNN62
MERCOSURAYYYYYYNYNNNN54
PolandAYYYYYYYYNNNN62
Yの割合(項目ごと)431008783736773631004037200

A: additional analysis, R: reference case, Y: yes, N: no, U: unclear

紹介者のコメント

 本論文では、46個のガイドラインから、推奨する立場として社会の立場を含む30個のガイドラインを選択し、評価が求められる費用とアウトカムの種類を整理した結果を基に議論を展開している。収集対象となった46個のガイドラインの中には日本のガイドラインも含まれており、論文中でも時々日本のガイドラインが参照されているが、社会の立場が考慮されているとして抽出された30個のガイドラインには日本のガイドラインは含まれていなかった。日本の費用対効果評価制度の分析ガイドラインでは、分析の立場として「公的医療の立場」、「公的医療・介護の立場」、「より広範な費用を考慮する立場」の3つが示されており、「より広範な費用を考慮する立場」が「社会の立場」を含む場合があるものと考えられるが、本論文では、「日本のガイドラインでは生産性損失を追加分析に含めることを認めているが、社会の立場については言及していない」(原文では”…the Japanese guidelines allow productivity costs to be included as an additional analysis with do not mention a societal perspective”)として扱われている。
 社会の立場を基本ケース(reference case)とし、かつ最も広範囲の費用とアウトカムを対象とする国はオランダ(HTA先進国)であった。オランダの分析ガイドラインでは「誰がコストを負担するのか、あるいは誰に利益が行くのかに関わらず、関連するすべての社会的コストと利益を評価と報告において考慮すべきである」と記載されているとのことである。オランダでは費用対効果が医薬品の保険償還可否判断に使用されており、方法論的な観点でも様々な先進的な取り組みが行われている国のひとつである。例えばICERの閾値は疾患の重症度別に設定されており、割引率は費用とアウトカムで異なる値が使用されている(費用4%、アウトカム1.5%)。費用には生産性損失を含むが、その計算には我が国の分析ガイドラインで推奨されている人的資本法(human capital approach, HCA)ではなく、より複雑な摩擦費用方式(friction cost approach, FCA)が推奨されている。
 著者らはHTA先進国のほうが新興国よりも社会の立場を考慮する割合が大きい(70% vs 56%)ことから、社会の立場の考慮にはHTAの成熟度が影響していると考えているが、制度開始後まだ5年である日本の制度に対してHTA先進国であるオランダの制度がより複雑に見えることは著者らの考察とも関係しているかもしれない。社会の立場を考慮するためには、より多くの費用項目、アウトカム項目の測定が必要となり、そのための「調査コスト」が企業側・評価側の両方に必要となる。制度の仕組みや意思決定の方法も再検討する必要があると思われる。医療以外のセクターの費用・アウトカムを評価することは、それらのセクターに対する評価結果の影響を考慮する必要もあり、そのための調整も必要となると考えられる。経験の蓄積と諸外国からの学びを基に我が国の制度が今後どのように変化していくのか、引き続き注目していきたい。

[1] Torrance GW. Measurement of health state utilities for economic appraisal: a review. J Health Econ. 1986;5(1):1–30.

2023.09.15
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